大日本茶道学会

令和3年12月:蚕都

 蚕都とは、養蚕業の中心地として繫栄している都市を指します。今年の大河ドラマの主人公渋沢栄一の故郷、埼玉県深谷市をはじめ、山形県鶴岡市、福島県伊達市、富山県富山市、長野県上田市、愛知県豊橋市と挙げていくと、わが町もかつてはそうだったと、きりがなくなるかもしれません。

 田中家の故郷、福知山も養蚕の盛んな場所でした。同じ福知山盆地にある綾部市は、そもそも綾織りを職とする漢部(あやべ)が地名の由来です。漢部とは、大化の改新以前に大陸から渡来した漢氏の部民(べみん、生産物を貢納した集団)を指します。

 肌着メーカーとして有名なグンゼが製糸業として創業した地でもあります。不覚なことに、カタカナの社名にまどわされて、生糸を作っていた会社だという認識が希薄でした。皆様は、いかがでしたでしょうか?

 幕末に開国してから明治期には、生糸は、お茶と並ぶ、日本の主要な輸出品でありました。現在、いずれの国内生産も減少していることは申すまでもありません。しかし、江戸時代までは、生糸は日本の主要な輸入品であったことも忘れてはいけません。

鎖国下でも長崎で、貿易を続けたのは生糸が欲しかったからと言っても過言ではありません。ところが、財政の悪化から貿易決済資金の流出に耐えられなくなった幕府が、生糸の国内生産を奨励することにより、日本国中に桑畑が広がり、農家で蚕が飼われ、養蚕が盛んになったわけです。

産業の繁栄も衰退も、自然現象ではなく、人々がそれにどう関わろうとしたかの結果です。

ナポレオンは、「状況とは何か。私が状況を作るのだ」と述べました。こんな状況になったからと考えずに、状況を作り出すという発想が求められています。

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