大日本茶道学会

【茶道コラム】第24回「穏やかなるまなざし」を追加しました

2020年の東京オリンピックに向けて、本部教場のある神宮外苑周辺は、変わりつつあります。急ピッチで進められる国立競技場建設。神宮外苑の杜が幼いころから見ていて風景と変化していくのは少し寂しい気持ちになります。それに伴い、人々の動きも変化しています。何か新しい建物が出来れば、
人の流れがそれにつれて変わり、ふと気が付くと、今どこに立っていたのかがわからなくなることも. . 。

そんな気忙しい東京を久しぶりに離れ、早朝の新幹線に飛び乗りました。向かった先は奈良。久しぶりに古の都の空気を吸いに出かけたくなったのです。

紅葉の盛りは終わりましたが、牡丹の寺で有名な長谷寺をまずは目指します。季節外れのせいか思いのほか人影が少なく、この街道が伊勢参りでにぎわっていた時代があったとは思えない静けさです。青く澄んだ空と、ピーンと張りつめた師走の空気は目の前の世界をー変させました。これほどまでに山の稜線がくっきりと見えるものなのかと。空との境、一本一本の木々の先端までがはっきりと浮き出ているように見えます 。

本堂を目指して長い回廊を一段一段踏みしめます。牡丹の季節には花に心が奪われて苦しいとも思われなかったこの道のりが、少しばかり厳しく感じます。はらはらと地に落ちた紅葉が苔を覆い、かさかさと音を立てています。

この苦しい階段も実はご本尊の観音像との対面の為。今日はその御御足に直に手で触れることができるという本当に光栄な機会に遭遇したのです。
膝元近くに拝したので、観音像の御尊顔は拝せませんでしたが、どうぞ、末永く足がいたくなりませんようにとの願いをこめて大きな足を手で触れ、長谷の山々が見渡せる舞台への足を運びました。

遠くの山々の深さと重なりが、くっきりと見え、いつも小さく狭い一点ばかりを見ている私にとって、目を開かせてくれる眺望です。振り返れば、観音像の御尊顔。穏やかなる半眼ですべてを見守るかのようなまなざしに、「もっと気持ちを広くゆったりと」と促されているように思えました。

古くから和歌に詠まれたる大和三山や明日香の風景を見渡しながら、茶席にいらしたお客様にこの穏やかなる雰囲気を分けて差し上げようと心に決めて帰途につきました。

                                             教場長 田中 仙融 (平成30年2月発行 会報「えんじゅ94号」掲載)

お知らせ